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おうさまのみみはロバのみみ

ネット上での木の洞

アプリの真価について

タイトルは如何にもなにかわかってる人間のようですが、全然そんな事無いです。

タイトルに釣られた人はごめんなさい、せっかくなのでそのまま釣られておいてください。

 

結論:

アプリってのは表現方法の1つなんだからそれに引きずられちゃダメですよっと。

 

もうこれで釣られた人も釣られてない人も帰っていいですYO!(・∀・)

以下駄文。

 

ここ数年○○ってのをアプリで作りたい!みたいな話をよく聞くんですよね。

それ自体はいいことだと思うんですが、それ本当にアプリである必要あるんですか?

と問いたくなるものがチラホラある、というか半分以上そんな感じです。

 

ボク個人はあくまでアプリというのは表現方法の1つ、選択肢の1種だと考えてます。

なので「とりあえずアプリ化」なお話というのは誰にとって良いことなのかわかりませんし、誰が得するのかもわからないです。

(個人開発者の方が勉強のためにとかだと「誰得?俺得だよ!」で終わる話ですけどね。あと、ここでいうところの得というのは利益+αのα部分に当たると思ってください。)

 

もちろんお仕事なのでその分のお金は戴きますが、それは労働の対価でしかないのです。

つまりその後がない。

あとのない、未来を感じないサービスを誰が好き好んで使うんでしょうかね?

ボクなら使おうとすら思いませんがそういう奇特な層を狙ってるんでしょうか?

そんなアプリにクソほどの価値があるんですかね?ボクはないと思いますが。

 

本来の意図というか理想を言うならばアプリ化することで多くのユーザさんに満足してもらったり、

そのサービスが充実するのが良いパターンであり目指すべき地点と言えると思います。

(LINEなんかはこの手のパターンなのかなと…ボクはLINE嫌いですけども。)

 

で、この「とりあえずアプリ化」、アプリ開発黎明期ならまだしも、

現在の群雄割拠のアプリ戦国時代で一番最悪のシナリオだと思うんですよね。

最悪というかアプリで一儲けしたいとちょっとでも考えているなら一番やってはいけないパターンではないかと。

 

企画書を作る方においては、「所詮アプリはアプリでしかない」と念頭において企画書練ってくれれば少しは不幸なデスマもこの世から減るんじゃないかなーと思うのです。

 

終り。糞して寝ろ!