おうさまのみみはロバのみみ

ネット上での木の洞

リーダー(管理者)ではなくエンジニア(実務者)でありたいと願う人々へ

「お前は向いていないんじゃない、やってないだけだ」

この一文を読んでほんの少しでもなにかを感じた人は是非とも↓の本を今すぐに読むべきだ。

エラスティックリーダーシップ ―自己組織化チームの育て方

エラスティックリーダーシップ ―自己組織化チームの育て方

本著はみんなが考え、感じているリーダーシップという曖昧模糊な概念に対して具体性をもたらせてくれる。 それは「チームリーダーの役割は優れた人材が育つのを助けること」と定義付けていることだ。 このシンプルである意味で本質をついている定義付けが本著を名書たらしめているとぼくは思う。

この本の構成は1部〜4部(おおよそ本書の半分ほどを占めている)までが著者によるリーダーシップとはなにか?3つのフェーズの分類とそのときに期待されるリーダーの振る舞い、あるいはチームの状態などについて語られている。 5部〜6部(残りの半分)は著名なエンジニアやコーチング、コンサルタントなどのエッセイなので特に興味がなければ読み飛ばしてしまっても問題はないだろうと思う。 章の数は全46章だが元々はブログかなにかを元にして出版物へと昇華しているためか1章1章の文章がそれほど長くない、さらさらと読み進めることが出来るだろうと思う。

エッセイ部分を読み飛ばすならば本腰を入れて読めば1日で読み終えることが出来ると思う。 どんなに読むのが遅い人でも毎日の通勤で1章づつ読んでいけば46日後には読み終えていることだろう。 ぼくは読みながらメモをとったりしていておよ8時間ほどかかったので読むことだけに専念すればその半分ほどの時間で読めたのではないかと思う。

評価した理由

ぼくが本著に対して高評価を下しているのは以下の3つの理由からだ。

  • 3つのフェーズと各フェーズで取るべきリーダーシップのスタイルが具体的
  • 別フェーズへと脱却するための目標や取るべき行動が明確であること
  • 明日から、あるいはいますぐにでも使える技術であること

本著はぼくのなかにあったリーダーシップという概念を再構成してくれた。 それはなにか?これが3つのフェーズとそのリーダーシップスタイルにある。

リーダーシップとはなんぞや?

世間一般でリーダーシップを発揮するというと「みんなを引っ張っていく快活でポジティブな人間像」を思い浮かべると思う。 スポーツ漫画でよくみる野球のキャプテンやサッカーのキャプテンみたいな背中で語るだとか人情味で引っ張っていくだとかバリエーションはあるが基本的にはマッチョイズムな感じだろうと思う。 ぼく自身もそう思い込んでいた、だからこそそれがリーダーシップのただの1面でしかないということに気づいたときの衝撃はかなりのものだった。

本著では各フェーズにマッチしたリーダーシップのスタイルを紹介している。

フェーズ名 リーダーシップスタイル 補足とか
サバイバル 指揮統制型 一般的なリーダーシップのイメージ
学習 コーチング型 アジャイルコーチングとかが最近だと有名?
自己組織化 ファシリテーター イケてるエンジニアリングの会社のCTOとかのイメージ

そして面白いのはこれらのフェーズはサバイバル→学習に移行してしまえば逆戻りすることがないのかと思っていたが実際にはそんなことはなくいとも簡単に自己組織化されていたチームがサバイバルチームに変化してしまう可能性があるという点だろう。 例えがうまいことを思いつかないが水のようなものをイメージすると良いのかもしれない。

蒸気→液体→個体とそれぞれ別の形態を持つがその元々は同じ物質(チーム)であると…うん、わかりにくい。本著を読めばわかるので例えがわからん!というのであれば本著を読んでくれ。

「彼が言いそうなことはわかってる」ゲーム

これは無自覚に直近で行っていたので非常に印象に残っているのだが本著の例文でAさんが「わたしはBさんにテストコードの書き方やその意義を説明したがBさんはそのことに対して理解を示してくれない。それどころか彼にはこのプロジェクトに関心がない、もしくは怠惰だ!」いう一文が紹介される。 これは意訳をしているが概ねこのような内容が書かれていたと思って欲しい。 この文章、皆さんも心当たりがないだろうか?ぼくには大いにある。

Aさんは確かにBさんに対して「テストコードの重要性」を説明したのだろう。 だがしかし後半の「Bさんはプロジェクトに対する関心がない、もしくは怠惰だ!」とする部分はただのAさんの憶測であり、いってしまえば下衆の勘繰りだ。

だが往々にしてこのようなことはチームで起こり得る。 ぼくが先日行っていたのは「この会議は意味があると思えないのでやめよう」と提案したところにちょうどBさんのように芳しい反応がない、あるいは反対意見が出たことがあった。 そのときぼくは「ああこの人たちは業務を改善することに興味がないのだな」と無自覚的に感じ、そういう人たちなのだと色眼鏡でみるようになってしまった。 実際にはぼくの場合興味がないというよりはその人たちにとっては意味や意義があると感じられた会議だったのかもしれない。 ところが関心がない、怠惰だという色眼鏡をつけると「ぼくは間違っていないが彼ら彼女らが協力してくれないのが悪い」という自己保身に走ることができる。

そしてこの問題の最も悪い点はそれが後々にまで響いてくるということだ。 チームとしてギスギスするところまで行かずともなにか新しいことをするとなったときに無意識的にか意識的にかは置いておくとしてそのメンバーを誘わない。 あるいは「でもきみは興味がないのでしょう?」というスタンスで形だけ誘う、というようなことが考えられる。

これは誰にとっても不幸な結果だと思う。 本著ではこのような事態に陥らないよう影響力チェックリストというものが紹介されている。 これは非常に客観的に状態を見える化することができる、素晴らしいチェックリストだとぼくは感じた。 直近で似たようなことを無自覚的であったとは言え経験したからこそ余計にそう感じたのかもしれない。

コミットメント言語

追記:
ブコメでコミットメント言語に関して「日本ではあわない」とか「お前いつまでにやるっていったのにやれてねえだろ!と劇詰めされる」とか「コミットメント言語でドン引きした」みたいなネガティブなコメントがあったのでちょっと訂正をば。

コミットメント言語が紹介されているのは学習フェーズでの紹介だという情報が漏れていたためにこんなコメントが増えたのかなと思う。

つまりコメントされているような心配があるということは漏れなくサバイバルフェーズであるわけで学習フェーズでそのようなことが起こるということ自体がチームの危機を察知できるということです。
それは事前に危険を予知するという点においてうまく機能しているということだと認識していているので問題ないというのがぼくの認識です。

つまるところそれはコミットメント言語の問題ではなくそれ以前のチームの問題だということを可視化しているということなので、まあつまりそういうことだと思う、強く生きてくれ。

コミットメント言語自体は当たり前のことを当たり前にやるというだけの話しでお腹が痛くなる類のものではないんだぞ!ってことが言いたい。

あと「リーダーとマネジメントは分けろ」という主張はまったくもってその通りだったんだけどうまいことぼくでは分割できなかった、諸兄が本著を読んで書いてくれ。
ぼくはあくまで本著のごく一部のみを書き出しただけなのでこれで十分じゃね?と思った人は多分手にとって見てみるほうがいい。
追記終わり:

寡聞にして本著で読むまで知らなかったのだがコミットメント言語というものがある。 数値目標と宣言を行う。乱暴に約してしまうならたったこれだけのことだ。 本著では「やることをいう」、「予想される終了日もしくは時刻を示す」と書かれている。

コミットメント言語などという仰々しさは全く必要ないように思える。

だが本著で出て来る例題が秀逸なのでいくつか引用させてもらう。

コミットメント言語変換前 コミットメント言語変更後
今週中には終えたいです 今週中までに終わらせます
5つのバグを修正します 今週末までに5つのバグを修正します
今日中にはやれると思います 今日中にやります
できるだけ早くやろうと思います 18:00までに完了します

これらの変更前の発言をぼくたちは一度ならず聞いたことがあるはずだ、もしないというならばそれは素晴らしいチームに所属している証拠だ。誇りに思っていい。 コミットメント言語とは詰まるところ、「なに」を「いつ」までに行うと宣言することだということだ。 これによって会議やスタンドアップミーティングのようなみんなで振り返りやタスク情報を共有することに初めて意味が出ると思う、ただ他人の今日やる作業内容を聞かされても退屈なだけで時間の無駄だろう。 もし仮に「今週末までに5つのバグを終わらせる」ことが出来なかった場合、そこには何かしらの問題が潜んでいるわけだ。 それをこそ会議やスタンドアップミーティングで話しあい問題解決を図るべきなのだとぼくは理解した。

これは非常に有効でいまからでも実践することが可能な手法であるとぼくは感じた。 またこれを実施することによるデメリットがほぼないという点も素晴らしい。

仮に期限を定めることが難しいタスクが合った場合はどうするのか?本著にはその対応策も書かれている。 曰く「毎週n時間をその問題にあてる」、あるいは「今週中にその期限を定める」ということだ。 非常に明快でわかりやすい、またこれによってタスクが滞ることなく進捗している状態にあることが見える化に拍車をかけていると感じた。

クリアリングミーティング

これを説明するのはぼくには少々難しい。 本著では実際にあった事柄にアレンジを加えて実際のミーティングの様子を再現してこのクリアリングミーティングの概要を説明している。

簡単にいってしまうなら以下の手順を行うことで問題の洗い出しと共有などを図っている…と書くと非常に陳腐な内容に思えてしまうがまあ大体そんな感じだ。

  1. 今週うまく行かなかったことはなんですか?
  2. あなたはそれに関してなにをするつもりですか?
  3. 今週良かったことはなんですか?

この順番に各リーダーに質問を投げかけるというものだ(本著の例ではクリアリングミーティングは各セクションのリーダーのみが参加したミーティングであった) だいたいの場合どれほど順調にいっても問題というものは発生する、1日に1度あるかどうかの問題でも1週間となると程度の差はあれ必ずなにかしらの問題がでるはずだ。 この第1の質問は非常に示唆に富んでいるとぼくは感じた。 まず問題から聞き出すというのが非常にスマートだと感じたのだ。

また本著では第1の質問に対して「うまく行かなかったことがない、全て順調だ」と答えるリーダーが存在したがその際に「本当に?全て完璧だったのですか?今週、仕事でもっとよく出来たといえることが1つもなかった?」と念を押している。 これが実に素晴らしい、会議のときに意見を求められると「特にありません」と答えることが多々あると思うがそれらは事実ではないとぼくは思う。 ただ「報告するほどの価値があると考えていない、もしくはこの場で話す必要性のある事柄ではないという問題が存在している」が正しいという考えだ。

会議というものはみんなの時間をかき集めて行うものだ、つまり余分に使う時間はどこにもない。 その意味でも問題を深掘りし、その解決や共有に勤める必要性があるとぼくは考える。 そして第2の質問でその問題に対して「なに」を「いつ」までに行うのか宣言することとなる。 これによっていわゆる「会議でなにも決まらない」現象が激減するのではないかという期待がある。

実際にはそれほどうまくいかないこともあるだろう。 ただコミットメント言語とクリアリングミーティングが徹底できるのであれば多くの問題は解決できるのではないかと愚考する。 この考えを補足するような文章が138ページにある。

チームがする予定外の仕事の多くは車輪の再発明や情報共有の不徹底といったところに根本的な原因がある可能性がある。

まとめ

本著はリーダーになった人にとっても素晴らしい1冊であることは間違いないのだが それ以上に読んで欲しいと思ったのがぼくのように「リーダー職やマネジメント職に興味がない」という現場至上主義ともいうべき実務者だ。 恐らくぼくたちが想像しているリーダー像というのは本質から歪んだ情景が映し出されている。 あるいは別のなにかとごっちゃにしてしまっており、リーダーシップの本質に気づけていないのだと思う。 誤ったリーダーシップを持ち続けたままでは間違ったリーダーになりかねない、またリーダーシップというぼんやりとした概念は本書を通してきっと受肉されることだろうと思う。

本著ではリーダーシップとは確あるべし!といったことは書かれていない、ただリーダーがなすべき役割が定義づけられているだけだ。 適切に、論理的にこのフェーズにはこのリーダーシップスタイルがマッチしやすく、次のフェーズに移行するにはこういうことに注力する必要があると書かれている。 実にロジカルで明確な説明がなされている、ただそれだけなのだ。

ぼくは本を読んだときに良いと感じた書籍を良書、誰かに伝えたくなる後世に残るであろう書籍を名書という区分わけを自分の中で行っている。 本著は間違いなく名著であるとぼくは確信している。 もしあなたがまだリーダーでないならそれは素晴らしいことだ、一刻も早く本著を読むことをオススメする。

さいごに

最後にエッセイで伊藤直也さんが書いていたことがかなり自分にとって反省すべき事柄だったと感じたので紹介しておく。 恐らくいろいろなところで似たようなこと、あるいは同じことをいっているのだと思うが本著を読んだあとだったからか余計に重く受け止めることになった。

「チームがよくなれば物事がうまくいく」というのはチームが良くなればうまくいくというロジックではなく「チームが良くなって欲しい」というただの願望ということはないでしょうか。自分の胸に手を当ててよく考えてみてください。それはロジックなのか、願望なのか。

ぼくは伊藤直也さんの論説が好きだ。 それは否定しないが今回のことはそれとは全く別系統での評価であることを明言しておく。

この一文によってぼくは「チームが良くなることで物事(プロダクトや会社)がよくなる」という願望に取り憑かれていたことを自覚した。 チームが良くなることは良いことだ、でもそれは問題の本質ではないのだということをぼくは常に問い続けなくてはいけないし、問題の本質を考えなければいけない。 それはリーダーだとか一般社員だとか新入社員だとかCTOだとかは全く関係のないことなのだと思う。