合議制の話しからプロジェクトマネージャーとプロダクトマネージャーの違いに思いを馳せてた

合議制は駄目なシステムか?

medium.com

製品開発の目的は社内の人を満足させることではない

とあってここ最近似たようなことを考える機会があったのでかなり得心がいった。 合議制はある種リスクの分散を目的としてる節があるとぼくは感じていて、 その結果リスクを分散する代わりにあなたの意見も取り込みますよというスタンスにみえる。

結果、合議制で出来上がったものはどこかでみたことのあるようなもの、あるいは劣化版ということになりがちだ。

少なくともスタートアップやベンチャーのような企業やチームであれば合議制で同意をとっていくのは悪手だと思う。 そんなコンセンサスをとってどこにでもあるなにかを作るくらいなら「これしか出来ないがこれだけはどこの製品よりも尖ってる」製品を作るほうが生産的であると感じる。

傲慢であればよい?

じゃあ意見を聞かない傲慢なマネージャーになればいいのか?というとそれは極端すぎる例だと思っていて、 1人が持ち得る視野の広さは有限であり、またバイアスがかかっている。 それはバイアスに関しては属人性が高いので良い面もあり悪い面もあるという感じだが視野の広さという点では個人が持ち得る視点はどうやっても限界がある。

全てを見通す神の眼でも持ってるなら別だが、人類にはレベルキャップ解放されていないので神の眼は装備できない。 つまり、人海戦術でマネージャーにとっての考慮外を潰すのがベターとなる。

大企業などであれば凡庸な製品を作っても問題ない部分が存在する。 大多数の人間を満足させ得るプロダクトを作るとなると合議制で決まったような平凡だが堅実な製品が好まれることもあるだろう。 ただそれはブルーオーシャンだから許されるとも思っている。 レッドオーシャンになったときに同じことをしていても他社だって同じようなものを作るだろうからそことの差別化を図らないと遠からず追い抜かれて、時代遅れの産物になってしまう。

おうさまとさいしょう、あるいはしょうぐんのはなし

閑話休題。 そうして考えていたときにふと「プロダクトマネージャーは製品の絶対的な決定権を持っている役割でその分多くのリスクも抱えた存在なのではないか?」と思い至った。 いままでプロジェクトマネージャーとプロダクトマネージャーの具体的な違いがいまいちピンとこなかったのだが以下のような理解をしたところ少しだけ靄が晴れたように感じた。 全体としてはまだまだ理解が甘いと思っているが少しだけ理解できた気分になっている、今は少なくともこれでいいのかなと思う。

つまりプロダクトマネージャーとは王様なのだ、そしてプロジェクトマネージャーは宰相や将軍という役割なのだ。

王様が「ここ最近税収さがってるから農業改革するぞ!」と号令をかける ↓ 宰相や将軍がそれを受けて「税収下がってるのは川が氾濫しているから。じゃあ農業改革して税収増やすには治水工事だ!」と道筋立てていく。 ↓ それを元に官僚たちが詳細を詰めていく

こんな感じの理解であってるのかわからないがそうすると確かに2つの役割は明確に違うし、同じにしてはいけないということがわかる。

プロダクトマネージャーはプロダクトの成否まで含む全てのリスクを負い、何故それが必要なのかを示しつつ、進むべき目標を定める。 プロジェクトマネージャーはそのプロジェクトが円滑に回るためのリスクを負い、そのために必要なものを揃えていく

こう考えたところ、自分のなかで妙にしっくりときた。

まとめ

両方とも略称がPMだったり、いままでプロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーが(少なくとも明示された)仕事をしたことがなかったのでいまいち理解できていないなと思っていたが少し理解が進んだように思う。

大きなリスクを負うからこそ彼ら、彼女らは大きな報酬を得ているわけなんだけども、たまーにそのリスクを背負わず(背負えず?)にその席についている人がいると不信任決議案を出したくなるという気持ちにもなり「マネジメントとか人の評価って本当に難しいなー」という雑な締めくくりで終えたいと思う。 ここから先は藪蛇というか生半可な知識で足を踏み入れるとものすごい数のマサカリが飛んできそうだなーと思うので自粛しておく。