BLUE GIANTを観た。これは原作ファンが観たかった雪祈のための物語。

bluegiant-movie.jp

観てきました。 当初感想を書くつもりはなかったんだけど、みたらいまのこのジェットコースターのように乱高下したグチャグチャな感想、というか感情を表現するのはいましかないと思ってブログを書いています。 ネタバレ……はできるだけ避けるというか、ぜひ観てほしいので具体的なことは避けるつもりでいるけど誰にとってネタバレになるかわからないので気になる方はいますぐブラウザのタブを閉じてほしい。

総評という名のグチャグチャな感情の発露

ぼくは原作のBLUE GIANTのファンだ。 とても好きな漫画だし、何度も何度も読み返すくらいにはとても好きな漫画だ。

そしてBLUE GIANTの影響でサックスを始めた一人でもある。 まず、全体の感想だが……正直まとめきれない。

とにかく感情が乱高下し続けた作品だった。 この表現が的確なのかどうかわからないが、通常作品に感動して涙するとき心の奥底から感情が揺さぶられるのに対してこの作品は作品の中から揺さぶられた感情が叩きつけられる…そんな感覚を味わった。

音楽がどうとか、モーションアニメがどうとか、思うことが多々あるのだが観終わったときの感想はただ深呼吸するしかない、それほど魅入られた作品だったように思う。

この作品をどう表現するかはなかなか難しいのではないかと思うが、ぼくが感じたままの言葉でいうならばこの作品は原作を読んでいたぼくが見たくて見たくて、でも見ることができなかった「雪祈のための物語」ではないかと感じた。

原作が「玉田の物語」だとすると、映画は「雪祈の物語」そのように感じた。 原作をただなぞったものを映画化したのではなく、BLUE GIANTを読んだ人が一度は頭の片隅で感じた、あの事件のあとのIFストーリーを映画で表現したのだと思う。 それは原作ファンの誰しもが読みたくて、でも読んでしまうとそれは蛇足に感じてしまう…そんな危険な、でも魅力的なストーリーだったのではないかと思う。 映画化するにあたりストーリーを考えられた方が原作のファンであるかは知らないが、もし自分が同じ立場だったとしたら相当に悩んだのではないかと思う。 ある意味では原作を踏みつけて汚すことになりはしないだろうか、と。

当初からこの映画を見たら多分涙ぐむんだろうなぁとは思っていたのだが、涙ぐむことを恥ずかしく思わない。 むしろこの映画を見て涙を流すことを誇らしく感じた。

ただただ感嘆のため息がでる至福の2時間を堪能させてもらった。

あり得ない はずの夢の物語をみることができ、ぼくはいまとても幸せな気持ちになっています。 総評としてはこのような感じになる。

評してないとかそういうことはいってはいけない。

少し落ち着いたので各種感想とか

ここからは見ていてちょっと気になるなーとか、これってこういうことだったのか!と感じたこと思ったことを中心に書いていこうと思う。

エフェクト(演出)について

映画が開始した当初、主人公である大がサックスを吹くシーンでちょっとした違和感を覚えた。 それはエフェクトとでもいうのかサックスがギラギラとした表現で音楽をサポートする点だ。 音楽に集中したいのに、正直このエフェクトはあまりあっているように感じず、個人的には邪魔、ノイズだなぁ…と感じていたのだが全てを観終わったあとではあれはそういう演出だったのかもしれないと感じている。

詳しい言及は避けるが、映画のラストシーンでやはりこれらのエフェクトによる演出が登場する。ラストだけではなく演奏があるたびにこの演出は発生するのだが、なんというか徐々に成長、進化しているのだ。 最初はギラギラとした尖った演出だったものが、雪祈や玉田とバンドを組んで刺々しい演出が収まり徐々にシンフォニック、同調していくような円熟味を増していくのだ。 そしてラストシーンでいままでの成長ではなく進化を遂げ、全く予想だにしない展開へと発展する。 まさにJASSの軌跡をなぞったような演出に「もしかすると演出家は意図して表現していたのではないか?」と思ったくらいである。

モーションアニメについて

次にモーションアニメ。 ぼくは個人的にあまりモーションアニメが好きでない。好きでないというか違和感がどうしても生まれてしまい作品に集中できないので基本的にアニメでは避ける傾向がある。 この作品ではどうか?というと演奏シーンのみモーションアニメが採用されていた。 かなり頑張っているのだろうということは想像に難くないのだがやはり違和感の壁は如何ともし難かった。 ただ大の背中、サックスの演奏中に本来なら観客が絶対に見れない視線から大の背中が躍動している様をみるのは続々した。 よく背中が大きく見える、という漫画表現があるがそれに近い感情を持った。 もしかするとあれは玉田が感じていた感情と視点だったのかもなぁ…と観終わったいまは感じている。 ともあれ、モーションアニメはこの作品においてかなり難しい立ち位置にある評価だと思う。

悪くはない、がよくはない(やや悪いよりかも?)という感じだ。 これは制作陣が悪いというよりまだまだ技術が追いついていないのではないかと思ってるので次回作があるならばそれまでに進化していると嬉しいなと思っている。

シナリオ

そして、シナリオ。 これは当初仙台編がないと知って、「えー!バックボーンなしにどうやってあの感動を伝えるのだ!」と思っていたのだが全くもって杞憂だった。 原作を知っているから、というバイアスはあると思うので原作未読の方の感想を保証するわけではないが、ぼくは十全に楽しめたことをここに記す。

某女子が大に会いに来るシーンや大のサックスの先生である人、高校の音楽教師(個人的にここのエピソードはとても好きなので見れなくて少し寂しい)などなど名場面が見れないのは単純に残念であるものの、映画という限られた時間で東京編を濃縮圧縮しながら原作の味を損なうことなく表現していると感じた。 それどころか映画版でしか感じられないストーリーと味わい、奥深さを感じられる素晴らしい作品だったと思う。 少し残念に思うのは雪祈がピアノを引くきっかけになった女の子が夜逃げしたシーンが語られていながら、So Blueでゲストとしてピアニストとして一皮むけたあとに出会う感動的なシーンがあるがその表現がなかったのは少し残念に思う。思うが、もし詰め込んでいたら感情のアップダウンが激しすぎてノイズになってしまったのかもしれない。 そういう意味では仕方ないのかなとも思うが、個人的にとても好きなシーンの1つなので観てみたかったというのが正直な感想だ。

個人的には文句なく満点であり、様々なシーンで楽しい気持ちやワクワクする気持ち、そして悲しい気持ちや悔しい気持ち、絶望…からのプラスともマイナスともいい難い衝撃的な感情とジェットコースターのように乱高下するストーリーを提供してくれたシナリオライターの方々に感謝している。 とても、楽しめました。楽しめたという一言で表現ができなくらい素晴らしい作品でした。

そしていちばん大事な音楽について

最後に音楽。 これはもうなんというか表現が難しい。 良いとか良くないとかという言葉で表現できなかったというのが正直なところだ。 大たちのバンドの演奏シーンなどは目を瞑って音楽に没頭したい気持ちになりつつも、前述している「成長の軌跡のエフェクト」がどう変化していくのか見届けたい気持ちもあり、終始葛藤しながら音楽を聞いていた。 音楽を最大限楽しむべきか、それとも映像作品として楽しむべきか。 その苦悩と葛藤を感じる憎らしい作品だったと言えるかもしれない。

原作のときには音が聞こえてくる漫画(だったと思うが間違っていたらすまん)と評されるほどの表現力をどう表現するのだろう?と少し疑問というか不安を持っていたのだが、意外と最初から違和感なくすんなりと受け入れられた。 同じ音楽漫画でいうとBECKなんかは「この音楽はこういう音だったのか」と思うことがあったのだがそういった感情ではなく素直にストンと受け入れることができた。 これはとんでもないことなのではないかと思う。 原作ファンにはそれぞれがイメージする「妄想上のJASSの音楽」がファンの数だけあると思うが、それらに違和感を感じさせることなくスッと入ってくる音楽を作り上げている点に観終わってから気づいて戦慄した。 制作陣がどういった苦悩の日々を繰り広げたかわからないが、作品を最大限楽しむことができる音楽に仕上げてくれたことをとても感謝している。

どの音楽も素晴らしく心地よく、また映画館でみたい!と思った自分の判断は間違いではなかったなと思う素晴らしい出来だった。 音楽のことに造詣が深くはないが、ぼくはとても満足している。

終わりに

さて、だいたい現時点で言いたいことは言い尽くした気がする。 作品としてはとても良かったし、多くの人に観てもらいたい……がなによりもこれは自分の心の宝箱にしまい込みたくなる映画だなと感じたのが正直なところだ。 もちろん、同じ映画を見た者同士で語り合うこともしたいのだが、ぼくが感じたいまのこのグチャグチャな感情はぼくだけのもので、この瞬間をとても大事にしたい。 だけど、JAZZと同じできっといつまでも同じということはなく、変わっていくのだろうとも同時に思う。

なので、いま感じている感情をまとめずにそのまま吐き出してみた。 半年後一年後、ブルーレイが販売されそれを観たときに同じような感情のシャッフルが起こるのか、それともまた別のなにかに変わるのか全く予想がつかない。 ぼくはあまり映画を見ても感情移入しないタイプの人間のようで「面白いとは思ったが感情移入はあまりしなかった」ということが多々ある。 これは家族と映画を見に行ってもそうだし、友達と見に行ってもそうなので感情のスイートスポットが狭いか変なところにあるのだろうと思う。 そんなぼくにとってとてもドンピシャな作品だったことは間違いがなく、誰かを誘っていくとか楽しむためではなく自分のためだけに観たくなる、そんな映画だったことを記しておく。

もし、ぼくに子供がいて大きくなったら見せたい、そう思わせる素晴らしい映画でした。 可能なら続編であるシュプリームか、仙台編もみてみたいなと思ってます。 仙台編はもしかするとテレビとかのほうがいいのかもしれないけど。